養生法の第一は睡眠!その次に


予防の為にも欠かせない養生法

睡眠 食 運動 の勝手な自己解釈で

送ることとなった闘病生活で感じた

現場体験の一端が参考になるのかも

普段何気で口にしている食について

最初は完食出来なかった病院食を

気持ちを変え、噛み方も変え

完食するところまで漕ぎ着けたとき

味や具材のバリエーションに気付かされ

退院に漕ぎ着けた時にふと頭に浮かんだ

生きる上?生活での食の存在意義を

もう一度考え直す機会を頂けた気がしました。

その食事レシピがこちら

この食管理に至った経緯が

2024年1月31日 午後4時 いつもの筋トレ時

 何となくいつにない身体のだるさを感じ以前より

 腹筋後の背部痛に違和感を覚えていましたが

 背筋脆弱の為だとあまり気にしませんでした。

 (今思うとこの母指と示指の爪根元の紫変色が

 今回の体調変化の半年以上前から有ったのと

 5年を掛けて徐々に体重が10㎏減ったことも

 今回の問題の兆候だったかも分かりません。)

 夕飯を午後6時に食べようとしても通常の量は

 食べられず、身の回りのことをする気力が失せ

 午後8時に床につき寝れば治るのお決まり行動で

 事なき終えようと軽く考えていました。

 しかし、その深夜から尿意で起こされても

 ほぼ尿が出てこず便座で四苦八苦するという

 朝方まで8回ほどの排尿行為で睡眠が乱され

 朝起きたときは頭がボーとしながらいつもの

 やるべき事と食事をすませ、妻の助言を得て

 近場の内科を受診するのでは無く病院を探すことに

2月1日 地元の基幹病院に自ら電話連絡 泌尿器科

 への受診が可能か確認すると、コロナの影響で体温

 上昇の問題を指摘されまずは発熱外来に10時予約し

 泌尿器科の診察を受けたのが12時過ぎていました。

 そこで、血液検査と残尿検査並びに腸診によりその場で

 直ぐに入院による消炎処置が必要だと告げられ

 午後1時あたりに病棟に入るための検査を済ませ

 入院手続きの説明をもうろうと聞きながらやっと

 点滴が始まったと思ったら初回の食事が出てきて

 この状態で食事をするのかと困惑しながらも口に

 してけっこう味が良いのに驚いたのですが、発熱と

 仕事放棄へのプレッシャーから流石に食欲が湧かず

 初回の写真状態で返盆することになりました。

 その食事状態と検査結果を合わせてなのか

 水分補給が出来ていなかったことを指摘され

 1日1リットルの補液と抗生剤の点滴を4日間

 毎日約6~7時間かけて行う事になりました。

 体温は初診時37度代だったのが39.5度まで

 一気に上昇をしてから上がったり下がったりを

 繰り返すといったった状態が続き

 あとはとにかく寝るのみという療養生活の中で

 担当の先生に言われた

「とにかく食べて水分をとって出すモノ出して!」

 の指示にすがる思いで、一週間の入院加療の可能性

 をなんとか回避することを念頭に寝て食べることに

 だけに集中し

2月5日に退院の許可を得ることが出来ました。

 そんな経過を体験した中で自己反省したのが

 健康の大原則 1に睡眠 2に栄養 3に運動

 の三番目ばかりに焦点を合わせてきた問題と

 食(水分補給)に関しては感覚に任せてパターン化

 妻にあれこれ食べる様に勧められても聞き入れず

 加齢という変化を軽視してきた中で自分なりの

 考えや理論で身体の些細な変化、体重減少や

 運動能力の低下に対する焦りや苛立ちなどへ

 対処してきた結果がこのような状況になった

 のだと気付かされました。

 療養に必要な まず寝ること は出来たとしても

 次なる食に関しては、巷で溢れる健康食なる情報が

 逆に健康の維持を難しくさせている要因では無いのか?

 そんな思いが湧いてきたので、食に関するヒントに

 なればと思い病院食を例に挙げさせていただきました。

 「現場を見ろ!結果を出しているんだぞ!!」

 な感じの心の声として(・_・)(._.)

「野生動物は、具合が悪いと食べるのを止めずっと

 寝て治しているのだから食はとらなくて良い!」

 とか

「病院食の炭水化物主体のエネルギー補充は、身体の

 修復能力に逆の効果をもたらしかねない!」

 みたいなご意見を最近良く耳にしますが

「食えるモノを食っておけ!食べられるだけいいだろ!」

 無医村で内科医を40年以上続けた父の言葉が

 脳裏に蘇ってくるんですよねぇ(^_^;)

40年近く前の書にも載っている

 

 

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